オーストラリア 日本語教師

英語教師から日本語教師になったきっかけって…

私は小さい頃から学校の先生になるのが夢でした。
一生懸命、英語の勉強をしてその知識を生かして、中学校の英語教師になりました。

 

しかし、憧れの仕事についたはずが、現実の教育現場では予想外の仕事に追われ、ストレスが溜まるばかり。
中学校の教師は、英語を教えることだけに専念できるわけではありません。
学級担任として生徒たちの生活指導をしたり、学校行事の準備に追われたり、運動部の顧問をしていたら、休日も練習や試合でつぶれてしまいます。
いつの間にか、こんなはずではなかったと思うことが多くなりました。

 

さらには、楽しいはずの英語の授業も1クラス40人が相手では、なかなか全員に満足のいく指導ができません。
積極的に勉強に取り組む生徒ばかりではありませんし、意欲のない生徒たちに勉強をさせなければならないストレスも、だんだん大きくなっていきました。
公立学校の教員は安定した仕事ではあるけれど、こんな気持ちのままで定年まで働き続けることができるのかと思うと、気が重かったのを覚えています。

 

そんな私の息抜きは、夏休みと冬休みを利用しての海外旅行でした。
得意な英語を生かして、1人でアメリカ、アジア、ヨーロッパ、オセアニアといろいろな国へ出かけました。
現実から遠く離れた知らない街を歩いていると、気持ちがワクワクしてきます。
1人で旅行をすると、現地でいろいろな人と出会うチャンスも増えます。
英語でいろいろな人とコミュニケーションができることが一番の楽しみでした。

 

仕事で大きなストレスを溜め、それを海外旅行で癒すという繰り返しの日々を過ごしながら、だんだん海外で暮らしたいという気持ちが大きくなってきました。
英語はある程度話せるし、日本人であることを生かした仕事が何かできるのではないかと思い始めました。
やっぱり教える仕事は好きだし、それなら海外で日本語を教える「日本語教師」の仕事ができるのではないかと考えました。
いろいろとリサーチをする中で、オーストラリアの大学院で高校の教員免許を取れば、永住権の道も開けるという情報を得ました。
挑戦するなら早いうちがいいと思い、その年の年度末にはオーストラリアへ渡る計画で、仕事を続けながら準備を開始。
教職を辞めることについて、いろいろな人にもったいないと言われましたが、全然未練はなかったです。

 

オーストラリアでは、大学院の授業に対応できるように、まず語学学校の進学コースに通いました。
学生をしながら、アルバイトで補習校の教員の仕事を見つけ、また現地の高校生の家庭教師としても日本語を教え始めました。
日本語を教えるスキルはほとんど独学でしたが、現地で日本語教師として働いている人にアドバイスをもらったり、専門書をたくさん読んだりして勉強していると、自分なりの日本語教師としてのイメージが作られていきました。
始めはなんとなく、またオーストラリアの学校で子供を相手に日本語を教える日本語教師の姿を描いていましたが、それでは日本にいたときと同じストレスや葛藤に悩まされるのではないかと思うように。
本当に私がやりたいのは、自ら強い意欲を持って学びたいという人を相手に日本語を教えること。
学校運営の雑事に追われることなく、ただ日本語を教えることに専念して、生徒さんと一緒にそれを楽しみたいというのが、新しい夢になりました。

 

それなら苦労して大学院に行かなくても、今すぐにでもフリーの日本語教師として大人に日本語を教えることができます。
日本語教師の資格がなくても実績さえあれば、きっと生徒さんに受け入れてもらえると思い、プライベートの日本語教師として生徒募集を始めました。
授業の構想を練るためにたくさんの時間を費やし、自分が生徒だったらこれで理解できるだろうかと実践と改善を繰り返しました。
少しずつ生徒さんも増え、プライベートレッスンだけではなく4、5人のグループレッスンにも生徒さんが集まるようになりました。

 

1年の語学学校が修了する頃にはオーストラリアで出会った彼と一緒に暮らし始め、その後結婚して永住権を得ることになりました。

 

オーストラリアで日本語を学びたいという生徒さんの目的はいろいろです。
日本人の彼女や彼がいるので、相手の言葉や文化をもっと理解したいという人。
アニメや空手などの日本の文化にはまり、さらに極めるために日本語をマスターしたいという人。
仕事の関係で日本人との関わりがあったり、日本への出張の機会があったりするビジネスマン。
日本への旅行をきっかけに、日本語に興味を持った人。
生徒さんの数だけ、日本語を学ぶ理由も人それぞれ、たくさん存在するのです。

 

また、オーストラリアは多民族国家なので、生徒さんはオーストラリア人とは限りません。
ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、中国、台湾、香港、韓国、サウジアラビア、イギリス、アイルランド、フランス、オーストリア、イタリア、ロシア、アメリカ、カナダ、ブラジル、チリ、南アフリカ、ケニアなど。
約10年の日本語教師歴の中で、20か国以上の出身国の生徒さんたちと一緒に日本語を勉強してきました。

 

大人を対象としたレッスンをしていると、子供を相手に教えていたときとは違う悩みも生まれてきます。
レッスンは通常、週に1回1〜2時間ですから、授業の進む早さは亀の歩みのようです。
ゼロからスタートしてペラペラになりたいという希望があっても、何年も勉強しているのにいつまでも初級の域を越えられない生徒さんがほとんど。
フルタイムで勉強することがいかに効率が良いかを実感しています。
それでも、やめないで継続することに意義があると生徒さんにも自分自身にも言い聞かせ、小さな進歩を積み重ねています。

 

また、大人の生徒さんといっても大学生から高齢者まで年齢の幅も広いので、それぞれの生徒さんのペースに合わせて授業を進めなければなりません。
文字を覚えたり、新しい単語やフレーズを覚えたり、語学は覚えなければならないことがたくさんあるのですが、新しいことを覚えるペースも頭の柔らかい子供のようにはいきません。
忙しい仕事の合間に日本語のレッスンをしている生徒さんなら、なおさらです。
1つ新しいことを覚えたら古いことはみんな忘れてしまっているというのも日常茶飯事。

 

オーストラリアで日本語を学んでいても、実生活で習った日本語を使う場面がほとんどないというのも悩みの種です。
日本人のパートナーがいる生徒さんでさえ、習った日本語をほとんど日常生活で使わず英語で済ませてしまうというのを聞くとがっかりします。
「日本語は、日本に行って日本の家族に会ったときに使いたいから、いいんです」などと言われると、普段から使いこなしておかなければ、日本で使えるはずがないのにと思っていまいます。
「もっと上手になってから」などと言っていたらいつまでも自分のものにならないのは、長年英語を勉強しているはずなのにいつまでも会話ができない日本人と一緒ですね。

 

それでも、日本に旅行に行って自分の日本語がちゃんと通じた喜びを語ってくれる生徒さんのエピソードは何よりの楽しみです。
北海道のニセコにスノーボードに行ったのがきっかけで日本が大好きになり、すっかりリピーターになってしまった生徒さん。
四国でお遍路さんになって、3年がかりで八十八ケ所番所めぐりをした生徒さん。
数え切れないほど京都に行ったことがあるので、ガイドのように詳しく京都のことを知っている生徒さん。
東京の日本語学校へ短期留学し、日本の家庭でホームステイを楽しんできた生徒さん。
旅行のほかにも、日本語で彼女にプロポーズをするために一緒にセリフを考えた生徒さん。
近所の日本食レストランの日本人のウエイトレスに日本語で話しかけたと語る生徒さん。

 

そんな嬉しそうな話を聞くと、この仕事は辞められないと実感します。
ストレスだらけで日本の学校で働いていた頃を思い出しながら、
定年に関係なく、好きなだけ続けていけると思うと不思議な気持ちになります。
また、これからも新たな生徒さんとの出会いが楽しみです。

 

たまに日本にも帰ってきているのですが、よく自由が丘に行っています。
絵画や写真が好きで、ギャラリー巡りをするのが趣味。
日本にはやはり日本の良さがあり、オーストラリアでは味わえないものなので、貴重な時間です。

 

これまでは日本語教師としての資格は何も取らずにやって来ていましたが、次帰国する時には日本語教育能力検定試験を受けるつもり。
やっぱり資格の有無で判断されることもたまにあるので、取っておくに越したことはないと思いました。
年に一度しかない試験ですが、独学でもこれまでやってきた経験が通用することは取り寄せたテキストを読んでわかっているので、油断せずに臨めば合格できるでしょう。
完全な初心者から勉強するなら、学校でも通信講座でも問題ないと思います。
個人的には時間の融通が利く通信講座が好きですね。
参考になるサイト→日本語教育能力検定試験は初心者でも通信講座で合格できます。

 

いつかは日本に戻って住みたい気持ちももちろんあります。
ただそれには、主人に日本語をマスターしてもらうことから始めないといけません。
まだまだ、先は長そうです。